私が、夢と現実の境界を漂うような眠りから覚めたのは、あれから1時間程経った後のことでした。自分の体さえ意のままにならない虚脱感も薄れ、覚醒が少しずつ蘇ってきます。
しまった…
咄嗟に私は枕元に置いたままの携帯に目を向けました。メールの着信を知らせる小さなランプが点滅を繰り返しています。私は慌てて手を伸ばして携帯を掴むと、届いたばかりのメールを開いたのです。
それは20分程前に岩崎が送ったものでした。
― 由香里さんは今、浴室でシャワーを浴びています。
― もう暫くしたら帰りますので、安心して下さい。
― 夜遅いのでタクシーで帰るように勧めました。
私は、メールに書かれた短い文の中に、見落としそうな何かの示唆が込められていないか不安になりました。
由香里は心から満たされた時間を過ごしたのだろうか…
私に知られたくない二人だけの約束を交わしていないだろうか…
― 由香里を大切に扱ってくれたようで安心しました。
― 何も心配しなくていいのですね
緊張で悴んだ指先でキーをなぞり、短い文章をメールで送ったすぐ後、携帯に電話がかかってきました。
岩崎からです。
私は一呼吸置いてから電話に出ました。渇いた喉が麻痺したように固まり、とっさに言葉が出ません。
「岩崎です。途中で川島さんから電話が来るかと思いましたが、結局、私の方が先でしたね。」
一瞬、彼は私の覚悟を試していたのかと思いましたが、その意図はないことが分かりました。
「私には、妻を寝取られている最中に電話をする勇気なんてありませんよ… もし、それで由香里の心が掻き乱されてしまったら…」
「由香里さんは、そんな川島さんの気持ちを分かっている筈です。ちょうど5分前に帰りましたから、あと30分程で着くと思いますよ」
「分かりました。それで… あの…」
「避妊のことでしたら大丈夫です。約束は守りましたので」
その答に、私の中で燻り続けていた恐れが少しだけ和らぎました。あれだけ自慰の中で由香里が中出しされる場面を夢想しておきながら、それとは真逆になった現実に安堵する愚かしさを、自分自身で嘲るような思いです。
「もちろん、川島さんとのもう一つの約束も果たしましから」
私は岩崎が言った「もう一つの約束」の意味をすぐに理解しました。数日前、彼にその約束事を頼んだ時、私には念を押すことなど出来ませんでした。それは私が覚悟を決めてやっと一度だけ口にした、恥辱に満ちた卑屈な願いだったからです。
私は岩崎に対して、二人の愛液と精液にまみれた避妊具を妻に持ち帰らせるよう頼んでいたのでした。艶めかしい粘液が滴る交わりの証を手に入れたかったのです。
愛する妻と他人が結ばれた証…
その場面を突き付ける証で、淫らな妻の姿を想いたい…
妻を寝取った男からすれば、思うままに人の妻を味わっただけでなく、その夫までが自分の支配を受け入れた言葉に聞こえたことでしょう。隠し続けてきた私の願望を煽り、平穏な生活を営んでいた夫婦の日常を大きく変えた男にとっては、至極の瞬間に思えた筈です。
しかし、私は心のどこかで岩崎を頼り、全てを依存しているのかも知れません。彼に願いを告白すれば、私のような男が抱く願望を手に取るよう分かった上で、それが叶えられる道筋を示してくれると信じているのです。
由香里は、岩崎にそのような願いを打ち明けた私をどう思うのだろう…
私が妻を辱めるために企んだ仕打ちだと誤解しないだろうか…
倒錯した私の欲望を満たす証は、妻にとっては自分自身を蔑む拷問具なのでは…
私には、由香里を苦しめるつもりなど全くありません。しかし、結果として彼女の心が苛まれるのなら、私はなんて残酷で罪深い夫なのでしょう。
「川島さんが証に執着するのは、私と深く結ばれた由香里さんを受け入れ、その姿を少しでも鮮明に想い描くためなんです。奥様も分かってくれるはずですよ」
「由香里にそのように言ってくれたんですね…」
「私が言っては何の意味もありませんよ。川島さんが自分で言うべきことです」
突き放すような岩崎の言葉に、私は何も言い返せませんでした。むしろ妻を寝取った男に依存する自分の不甲斐なさを恥ずべきなのですから。
「その代わり、由香里さんとの時間をくれた川島さんにお返しがあります。きっと満足してくれると思いますよ」
「え?… 何ですか」
「由香里さんに、今まで以上に相手の男性を悦ばせるための舌使いを覚えて頂いたんです。是非、川島さんも味わってください」
彼は、私に更なる追い討ちをかけようとしているのでしょうか。
それとも、言葉で弄んでいるのでしょうか。
「きっと、川島さんにとっての理想の奥様に更に近づいたと思いますよ。私が奥様に教えた舌使いだということを、何度も自分に言い聞かせながら味わってみてはどうですか。川島さんなら、私の「贈りもの」に込められた意味がすぐに分かる筈です」
それは私とって、妻が他の男と交わったもう一つの残酷な証なのかも知れません。由香里の口淫を茎に受け、身を悶えさせながら、それを彼女に覚えさせた男への葛藤と屈辱に打ちひしがれるのです。
「今夜は由香里さんの舌を心ゆくまで堪能しました。奥様は口の中に注がれた私の全てを受け入れてくれたんです。川島さんも、その同じ舌で欲望を遂げてください」
込み上げる突然の焦りが汗となって背中に浮き立ちます。喉の奥が締め付けられ、呼吸が小刻みに震え出しました。
これからずっと、私は茎を這う由香里の舌や唇での癒しを受ける度に、他の男が妻に植え付けた呪縛に苛まれるのでしょうか。
妻が他の男によって授けられた口淫に悶えながら、背徳にまみれた舌先に身を焦がすのでしょうか。
岩崎の言いつけに従って、彼の反り返った肉茎をなぞる由香里の舌が目に浮かびます。
あの男の亀頭の周りに彫り刻まれた抉れを慈しみ、その先の割れ目から垂れる透明な雫に唇を濡らし、懸命に教えに応えようとする妻の姿が、携帯を握ったまま言葉を失う私の胸を掻き毟ったのです。
由香里は私を悦ばせようと岩崎の教えを受け入れたのでしょうか…
それとも、岩崎の至福に満ちた迸りを欲しいがために従ったのでしょうか…
白濁の精にまみれ、滴り落ちる雫に濡れた由香里の艶めかしい口元が、ざわめく心の奥で繰り返されます。荒れた息は喉を締め付け、携帯の向こう側にいる岩崎への言葉を遮りました。
「川島さんも是非どうぞ… 男なら誰でも由香里さんの舌先の虜になる筈ですから」
私は無言のまま、うなだれるように頷きました。見えない筈の私の姿も、岩崎には手に取るように分かるのでしょう。
それどころか、私ですらまだ気付いていない潜在の奥に潜む願望をも、彼は見透かしているのかも知れません。
他の男によって授けられた由香里の舌使い…
他人の教えに従って、狂おしく張り詰めた茎に絡まる舌先の動き…
私を揺さぶる不安と焦燥は、ゆっくりと首をもたげる言いし得ぬ昂ぶりによって掻き混ぜられます。妻を慈しむ夫への背徳は、彼女が自分の罪深い舌で償うしかないのです。
私は岩崎との電話を切り、繰り返す鼓動と息を押し隠しながら、間も無く帰り着く妻を待ったのです。
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