「ほら、これがこいつの奥さんだ」
友人が唐突に自分の携帯を取り出し、私の妻の写真を画面に映しました。それは私達夫婦が去年の夏、その友人夫婦とお台場に出掛けた時のものでした。
「結婚式以来、まだ会ったこと無いんだよな」
「俺は2ヶ月前、お呼ばれで家に行ったよ」
「ああ… この写真の由香里さんで抜きてえなあ。美人で羨ましいよー」
「お前は最低!」
携帯の写真を廻し見しながら、酔った友人が口にする勝手な戯れ言を、無関心を装いながら聞き流していました。
一通り友人の間を携帯が手渡しで廻った時、奥の黒シャツが「ちょっと拝見」と言いながら手を伸ばしたのです。
黒シャツは写真を眺めながら小さく数回頷きました。
その頷き方が、まるで私の妻を勝手に品定めしているようで、少しながら不快な感情を抱きました。
「ん… お見事… お見事ですね」
私は、その黒シャツの言葉に、まるで私ではなく妻を茶化しているようなニュアンスを感じました。
「お見事って、どういう意味でしょう」
私の言葉に黒シャツは「言い方が気に障ったらすまない。純粋に綺麗な奥さんだと思ったからですよ。」と怪訝な表情の私を見ながら笑って応えました。
「ははーん、お前、奥さんが寝取られると思って慌ててるのか」
横からの友人の冷やかしに、私はわざと照れた笑いを浮かべて、その場を誤魔化しました。
「じゃあ、明日も仕事だし、この辺で… かな」
誰からともなく、もう時間が遅くなったことを促す言葉が出ました。
私達は臨席のグループと一緒に店を出て、相席のお礼をしました。
意外に涼しい夜風を浴びながら、駅に向かって歩き出そうとした時、黒シャツが私に声をかけてきたのです。
名刺をポケットから取り出すと、都内で輸入物のインテリアショップを経営していること、普段はいつも店にいることを告げました。
「お見事ですね、経営者ですか」
少しの嫌みを「お見事」という言葉に交えながら応えると、黒シャツはバツの悪そうな笑みを浮かべています。
「私は川島といいます。まあ、普通のサラリーマンですが」
私は簡単な自己紹介だけにして、あえて名刺は渡しませんでした。
「気が向いたら奥さんと一緒に店にお越し下さい」
私は無言で手渡された名刺に目線をそらしました。
「私だからこそ応えられる相談にものれますから」
そう言い残すと、黒シャツは形ばかりの挨拶をして、私とは別の地下鉄駅に向かって歩いていきました。
奥さんと一緒に店に、だと…
ふん… あいつはいつも、こうやって誰彼なく夫婦交換の相手を探してるのか…
あいつだからこそ応えられる相談だ?… 自分のために相談にのる魂胆だろうが…
私は「見え透いた手」にのると思われるほど軽く見られた事に少し苛立ちを感じながら、家路につきました。
油断していると足を取らる、落とし穴のような出来事なんだと自分に言い聞かせながら。
ですが、今にして思えば、この夜の事は私にとって「落とし穴」ではなく、「差し出された入口」だったのです。
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