駅に着いてすぐ、名刺の裏に印刷された岩崎の店の地図を確かめました。
そして周りの喧騒には目もくれず、駅に向かう通勤客の流れとは逆の方向へと歩いたのです。
大通りから脇に入った路地に岩崎の店を見つけました。
小さなたたずまいでしたが、淡い照明に照らし出されたアンティークな雰囲気と、上品な落ち着きを漂わせる店でした。
しばらく外から中の様子を窺った後、大きめの息を吸ってからドアのノブを握り、中へと入ったのです。
「いらっしゃいませ」
スーツ姿の女性の店員が声をかけましたが、私は視線を逸らすように中を見渡しました。
目で岩崎を探しながらも、何気なく手元に陳列された置物を手に取り、品定めをするふりをしていたのです。
「これはイタリア製の品で、先週、入ったばかりなんです」
店員の説明を頷きながら聞き流し、中をゆっくりと歩きました。
岩崎は… 今日は留守なのだろうか…
「あの… 岩崎さんはいらっしゃいますか?」
私は苛立ちを隠しながら、店員の話を遮るように聞き返しました。
店員は一瞬、驚いたような顔を浮かべ、「奥の事務室にいますので、お待ちください。呼んでまいります」と店の奥の方に歩いて行きました。
私は隅にあるソファーに腰をかけ、急いで岩崎への最初の一言を考えました。
「やあ!川島さん、ようこそお越しくださってありがとうございます」
振り返ると、薄く日焼けした顔に笑みを浮かべ、伸びた背筋を僅かに折り曲げて礼をする岩崎が立っていました。
「あ… いや、こちらこそ昨日は…」
昨夜、パブの中で終始眠そうな表情をしていた岩崎とは違う、オーナーとしての風格と自信を漂わせる挨拶に対し、私の方は言葉の準備も出来ていなかったので、一瞬、しどろもどろな返事をしてしまったのです。
服装はジーンズに黒シャツというラフなものでしたが、不思議とこの店の空気に溶け込んでいました。
私はその時になって、岩崎の黒シャツにプリントされたロゴは、この店の物であることに気付いたのです。
心の中で揶揄していた、正直に言えば小馬鹿にしようとしていた黒のシャツは、店のオーナーとしての岩崎の誇りでもあるのでしょう。
私は出足から岩崎のペースに呑まれそうな気がし、焦りを感じました。
それと同時に、頭の中に妻の顔が浮かんだのです。
「あ… いえ、仕事でたまたま近くに来たものですから、寄ってみようと思って…」
「御忙しいのに感謝します。よろしければ店の中をゆっくり御案内しましょうか」
見え透いた嘘に気付かないふりをするかのように、岩崎は私を促しました。
「川島さんの奥様へのプレゼントに、何か小物でも如何でしょう?」
前触れもなく岩崎から出た「奥様」という言葉に、私の口から出掛かった言葉が止まりました。
「いや… あまりインテリアとかは詳しくないので… 」
「じゃあ、私も一緒に選ぶのを手伝いましょう」
妻への土産の品を、岩崎自信が選ぶことに対する憮然とした感情と嫉妬が、私の中をよぎりました。
「いえ… 今日は店に寄ってみただけですから…」
「じゃあ、 よろしければ近くの店でコーヒーでも飲みながら話でもしましょうか。ここは店員に任せておけば大丈夫ですから」
岩崎は、まるで私が来る前から予定していたかのように誘いの声をかけました。
私は昨日から抱いた諸々の懸念を振り切り、今からの出来事が妻との新しい関係を築く始まりとなることを承知したうえで、それに応じたのです。
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